18日の日経新聞朝刊は「核心」というコラムで、土谷英夫氏が以下のような警告を発しています。
いまの日本経済の苦境は、石油・食糧など1次産品の高騰で、所得が海外に流れ出し、購買力を奪われている点にある。企業も国も悪化した交易条件の回復がカギになる。バラマキに頼り、「政策の選択と集中」を怠った90年代の轍(てつ)を踏んではならない。
日経新聞のコラムだけに、消費者のことに触れていないのが残念です。「日本は改革の手を緩めている」と酷評されるようになったのは、2006年発足の安倍政権からでした。政権発足から3か月にして、郵政造反組の議員の復党を次々と認め始めました。国内だけでなく世界中が驚きました。わずかに、中川秀直幹事長が彼らに対し、郵政改革に2度と反対しないとした誓約書に署名させました。しかし、自民党内からは、「かっての同僚に対し、非礼ではないか」といった批判が相次ぎました。
安倍首相が郵政造反組を復党させたのは、2007年7月に迫った参院選に勝利するためでした。「旧特定郵便局長関係組織の支援を受けたい」というのが、安倍首相の思惑でした。しかし、郵政造反組を復党させてから、内閣支持率が急降下しまた。20ポイント前後の急落でした。選挙に勝とうと思って打った手が、これほど見事に外れた例は記憶にありません。参院選は公示前から勝敗は明らかでした。自民党の大敗、民主党の大勝です。その結果、参院は民主党を中心とした野党勢力が過半数を制しました。
民主党の勝因は①米価の低迷に悩む農家に対し所得補償をすること、②地域間格差・所得格差の是正、③年金問題に象徴される霞が関の不祥事でした。自民党は2007年の福田政権発足後、次の衆院選対策として民主党と同じ格差是正対策に重点を置く方針です。
小泉・竹中改革については、国内国外を問わず企業経営者やエコノミストの間では概して好評です。しかし、自民党内では歳月を経るにつれ、評判は悪くなるばかりです。そして、8月1日に行われた内閣改造と党役員人事の刷新では、改革を目指す「上げ潮派」は100%近く締め出されました。わずかに中川秀直氏が自民党の国家戦略本部長代行に起用されたに過ぎません。その後中川氏は「暫くはじっと孤独に耐える」と、心境を語っています。その一方、「国家戦略本部に改革派の優れた人材を結集する」との決意も明らかにしています。
中川氏は2005年小泉政権下で、自民党の政調会長に就任しました。そのとき、改革の立案を官僚に委ねたのでは大きな改革はできないとして、シンクタンクをつくりました。そこには、優秀な学者だけでなくビジネスマンなども参加しています。中川氏はシンクタンクでの討議を通じて、実に多くのことを学びました。それらをもとに書き上げたのが、2006年10月に出版した「上げ潮の時代」です。もう1冊は2008年5月出版の「官僚国家の崩壊」です。「上げ潮の時代」は成熟した国家である日本にとって、経済成長を実現するには何が必要かを具体的に説いています。中川氏は自民党内では、以前から有数の政策通として知られていました。しかし、「上げ潮の時代」の出版によって、政治や経済を専攻する学者の間でも評価を高めました。「官僚国家の崩壊」は、政治・行政改革の実践書です。中川氏が2冊の著書を通じて強調しているのは、「小さな政府の実現」です。高橋洋一氏は、中川氏の政策ブレーンの1人です。2008年3月に、「さらば財務省」という著書を出版しました。その著書の「安倍総理辞任の真相」と題した序章の中で、高橋氏は以下のように記しています。
小さな政府と大きな政府という視点からみれば、小泉改革も安倍内閣も小さな政府に向けての取り組みだった。先陣を切った小泉政権が実施した郵政民営化や道路公団民営化、政府系金融機関の改革などは、いってみれば大きな政府軍の外堀を埋める改革だった。小泉路線を継承した安倍政権は、これを1歩進めて本丸に切り込んだ。これが公務員制度改革だった。しかし、その代償は大きく、霞が関と官僚政治家に足もとをすくわれ、刀折れ、矢尽きた。討ち死に覚悟で敢然と本丸に切り込んだ安倍政権は、もっと評価されていいのではないかと思っている。
2008年は景気の後退によって、補正予算の必要性が出てきました。景気後退が深刻化するにつれ、予算の規模・対策の内容・財源に国民の関心が集まっています。財源は、いわゆる霞が関埋蔵金を含む「改革の配当」をあてるべきです。赤字国債の発行は断じてなりません。「改革の配当」というのは、高橋氏によりますと、郵政改革などによって政府が手に入れた株式などのことです。中川・高橋氏らは向こう3年間に、与野党がじっくり協議して、社会保障制度の抜本的改革を実現させるべきだと提言しています。その間、今の社会保障制度を維持するのに、新たな財源が必要です。これについて、高橋氏は「文芸春秋9月号」の中で、「改革の配当」をあてるよう強調います。そして、具体的には郵政会社の株式の売却によって5兆円、日本政策投資銀行と商工中金の民営化によって、8.2兆円の株式売却益が見込めると計算しています。
政治を注意深く観察する場合、一切の色眼鏡を抜きにしなければなりません。色眼鏡というのは主義主張や好き嫌いのことです。政治路線、イデオロギーもそうです。色眼鏡を外し、中立的な立場で観察しますと、小泉氏・竹中氏・中川氏、それに高橋氏らが目指した改革は、国内ではバカに評価が低いのに気づきます。高橋氏によりますと、2006年度には20兆円余の埋蔵金を吐き出させました。そして、小泉首相の指示で、全額を国債の償還にあてたのです。内訳は「財政融資資金特別会計」が12兆円、外国為替資金特別会計」から8兆円などです。2007年度も9.8兆円の埋蔵金が出てきました。しかし、財務省は国債の償還にあてたのは、たった3兆円にすぎません。残りの6.8兆円は、日本銀行と財政融資資金特別会計が保有する国債の買い入れに、3.4兆円ずつ使う計画とのです。これについて、高橋は「国債償還したことにならない。というのは、日銀も広い意味では政府の中にある。つまり、財務省の隠しポケットにあった埋蔵金を、同じ服についている日銀というポケットと、もうひとつの財務省のポケットに移し変えたに過ぎない」と指摘しています。そして、2008年度以降に使える埋蔵金のリストを掲載し、その合計は何と50兆円にのぼると計算しています。
霞が関埋蔵金について、津島雄二氏、伊吹文明氏、与謝野馨氏、古賀誠氏などの有力政治家は、当初、こぞって否定的でした。しかし、「改革の配当」がこれだけ膨らんできますと、「上潮派」に対し、白旗を掲げるのが普通です。しかし、霞が関や永田町は違います。「上げ潮派」を嫉妬し白眼視しています。また誹謗中傷もしています。何と了見が狭いことか、まるで田舎の村社会と同じです。
2007年から2008年にかけて、霞が関の劣化が改めてクローズアップされました。「5000万件にのぼる消えた年金」、「官製談合」、「巨額な税金の無駄遣い」などです。その先頭に立ったのは、民主党衆院議員の長妻昭氏でした。審議を尽くせなかった様々な問題について、長妻氏は政府に対し、質問趣意書を繰り返し提出しました。その結果、霞が関のいい加減な事務処理の数々が明らかになりました。官僚出身の有力政治家たちも、唖然とせざるを得ませんでした。長妻議員の精力的な国会審議や調査活動には、国民のほとんどが敬意を表し、感謝しています。しかし、霞が関からは白眼視されています。
2006年、不祥事が続発したNHKに対し、出直しを求める世論が高まりました。そうした中で、北朝鮮の拉致問題をめぐるラジオの国際放送のあり方に対し、総務大臣が敢えて命令を出す必要があるどうかが問題となりました。自民党内でも「命令は出すべきでない」」というのが大勢でした。しかし、菅義偉(すがよしひで)総務大臣は終始、「この際、NHKに対し、命令を出すほうが分かりやすい」として譲りませんでした。そして、その年の11月、とうとう命令を出しました。命令の内容は「拉致問題に留意すべきである」というものでした。ニュースを含む番組の内容について、NHKは編集の自由を貫く代わりに、偏った内容の番組を放送してはならないことが、放送法によって義務づけられています。但し、ラジオの国際放送に限り、番組の内容に干渉しない範囲で、総務大臣に命令を出せるようになっていました。その後、国会では放送法の改正が行われ、「命令」を「要請」に改めました。菅義偉氏は1948年生まれで秋田県の出身です。高校卒業後、集団就職で上京しました。そして、法政大学を卒業後、横浜市議を経て、自民党の衆院議員となりました。神奈川2区選出です。いわゆる2世・3世議員が多い中で、立志伝中の人物です。しかし、この種の人物が陥りやすいのは、要職に就きますと強権を振り回すことです。郵政公社の生田政治総裁を、突如解任したのも菅大臣でした。民主義主義を実現し定着させるのに、人類が払ってきた犠牲は計り知れません。菅氏は民主主義のイロハを、改めて学ぶ必要のある政治家の1人です。
2008年秋の補正予算をきっかけに、与野党のバラマキ合戦が起きかねません。そうなりますと、日本は諸外国からますます見放されます。国や自治体の借金が、ますます膨らむからです。経済のグローバル化によって、ヒト、モノ、カネ、情報の動きが、地球規模に拡大しているからです。それだけに、経済の舵取りはますます難しくなってきています。視野が狭く見識の無いカチカチ頭の人物には、国の経営も企業の経営も任せられません。このままでは、日本はずるずると落ち込んでしまいます。日本を上昇気流に乗せるには、中川氏が指摘しているように、「資源高に耐えられる新しい経済構造の改革」がどうしても必要です。
民主党の小沢一郎代表は、かって政敵から「悪魔だ」とか、「亡国のポリティシャン」とかの批判を浴びました。口癖の「原理・原則」を振り回して、周囲の人々困惑させ、政治を混乱させてきたからです。2007年、小沢氏の資金管理団体が東京都内に、合わせて10億円を超えるマンションや不動産を、保有していることが報道されました。「政治献金で購入したのではないか」という疑惑に対し、小沢氏は「後日、記者会見して、不動産保有のいきさつを含め、全資料を公表したい」と語りました。そして、後日の記者会見では、約束通り資料を公表したました。ところが、コピーを一切許さなかったうえ、会見終了後、資料を回収しました。小沢氏は記者会見の中で、「法律上何ら問題がない」と強調ました。しかし、資料のコピーも許さないという会見は、滅多にありません。したがって、翌日の新聞を読んで理解できない部分が多く、今も解せないでいます。比較的最近のことですが、「小沢氏の資金管理団体は、それらの不動産を処分した」との記事が載っていました。ますますもって不可解です。
現在、政局の焦点の一つは、いつ解散総選挙が行われるかです。そうした中で、小沢氏が一貫して強調してるのは「次の衆院選挙で政権が交代させなければ、日本の未来はありません!」の一点張りです。国民にとって余りにもリスクが大き過ぎます。福田内閣の支持率低下で、政権奪取が現実味を帯びてきているにもかかわらず、政権構想の中身は依然として空洞のままだだからです。民主党は9月に代表選挙を行います。党内では小沢氏の無投票当選の動きが加速しているとされています。しかし、剛腕といわれる小沢氏が、もしも無投票で党首に選ばれた場合、独裁色を一段と強めることを懸念しています。
秀才たちで成り立っている組織は、大事なときに取り返しのつかない大きな間違いをします。東条英機に象徴される陸軍参謀本部がそうでした。ご存じのように、やったことといえば、いわゆる15年戦争を起こし、国家を破滅させたのです。財務省も主計局を中心に秀才ぞろいです。しかし、バブル崩壊後の金融危機に対し、有効な対策を打てませんでした。陸軍参謀本部と財務省に共通しいるのは、「自分たちの考えに、絶対間違いはない」という思い上がりです。司馬遼太郎氏によりますと、特に陸軍参謀本部が常軌を逸していたのは、各国に駐在している情報将校が命がけで入手した秘密情報について、自分たちの考えと異なると、「あのバカ将校からの情報か」と言って、一切、取り合わなかったことです。財務省の前身の大蔵省も、似たようなものでした。山一證券や北海道拓殖銀行などの金融機関の破産が相次いだ1990年代、大蔵省はさっぱっり有効な対策が打ち出せず、世の中の批判を浴びました。そうした中で、幹部の接待漬けが明らかになり、次々と辞任に追い込まれました。それがきっかけで、大蔵省改革が行われ、財務省と金融庁に分割されました。
2002年に竹中平蔵氏が金融担当大臣を兼務して、不況の根源であった金融機関の不良債権の処理に乗り出しました。巨額の公的資金を金融機関に投入して、ようやく金融危機を乗り越えました。竹中氏が2002年に金融担当大臣を兼務するまでの1年5か月の間、不良債権処理のすすめ方をめぐり、大蔵省出身の柳沢伯夫氏との間で激しい論争が展開されました。当時、柳沢氏は金融再生委員長や初代金融担当大臣を務めていました。そして、「日本の金融機関は巨額の公的資金を必要とするほどヤワではない」と主張しました。これに対して竹中氏は、「政府は不良債権の処理を急ぐべきで、世界初の同時不を発生させてはならな」と譲りませんでした。世界的にも有名になった、「ハードランディング」か「ソフトランディング」の論争です。それにしても、竹中氏と柳沢氏に1年5か月も論争させたのは小泉首相です。難しい問題だったとはいえ、「竹中大臣に全て任す」という結論を出すのに時間がかかりすぎました。小泉首相も「トゥー・レイツ」の人でした。しかし、海外では「小泉と竹中が、やっと日本を救ってくれた」と、意外なほど好評でした。
それより前の金融危機真っ只中の頃、大蔵省の銀行局長は西村吉正氏でした。1994年に銀行局長に就任し、2年後に退官しました。そして、1999年10月、「金融行政の敗因」という著書を、文芸春秋社から出版しました。西村氏は著書の「あとがき」で、以下のように述べています。
バブルの発生・崩壊・金融危機を振り返った時、事実としては分かったように思っても、いまひとつ腑に落ちないところがある。私自身、当事者としてその渦中にあったし、今は大学でそのような出来事を若い人達に伝える立場にある。府に落ちないでは済まない。本書では、そこのところを少しでも解明できないか、自分なりに努力してみた。結局、こういうことではなかったか。80年代から90年代にかけて、「(カネ、モノ余りの)豊かすぎる時代」と「人の減る時代」と「国境のない時代」が1度にやってきた。社会の変化はいつどこでもある。一つ一つなら何とかこなしていけるが、三つ一度にやってきたのは日本だけ。しかも長い間、日本の経済構造の中心だった金融にプレッシャーが集中して壊れてしまった。金融行政は、このような事態を先取りし、十分な対応策を講ずることができなかった。
本文もそうでしたが、「あとがき」も正直に告白しています。しかし、東大法学部出身の官僚が、現役時代、こんな弱音を吐いたら大問題です。西村氏の国会答弁を何回もテレビで見ましたが、「まだ万策は尽きていません」という態度でした。
最後に上潮派の著書を、さらに2冊ご紹介いたします。1冊は「官僚との死闘700日(長谷川幸洋著)」です。もう1冊は「お国の経済(高橋洋一著)」です。上記の文中で紹介している3冊を含むこれらの著書は、政治家・官僚・ジャーナリストがそれぞれの立場から、一連の改革の実情を記録し、解説したものです。ここでいう官僚は西村氏ではなくて、高橋氏のことです。マスコミ報道では知り得なかったことが多々ありわくわくしました。 実は一部の友人に対し、病気による全身の衰えを理由に、「もう本は読めない」と連絡してきました。しかし、今月初旬から読書を再開しました。上潮派の改革に向けての取り組みを詳しく知りたかったからです。連絡しないで申し訳ありませんでした。この数日来、天国への旅立ちが迫っていることを、日に日に強く感じています 。 しかし、みなさんは、健康管理を怠らず、いつまでも長生きしてください。これまでのご厚誼に対し、心から感謝申し上げます。###