永田町の田舎政治
田舎政治とは地域の抱える課題について、何の認識もなければ、その課題を克服しようという意識をもとうとしないことです。やることといえば、ひたすらお茶会や酒宴を開き、世間話に明け暮れることです。どんな町村に行こうとも、現在、このような田舎政治をやっているところはありません。やっているのは、ただ1か所、永田町です。特に、森喜朗元首相に最も強く田舎政治の臭いを感じます。自民党総裁選挙が事実上スタートした中で、8月8日に開かれた最大派閥の町村派の総会について、10日の讀賣新聞朝刊は次のように伝えています。
町村派代表世話人の中川秀直氏は、「政策集団として対応を強制したら、国民の目線にかなわない」と訴えた。「かなわない」というのは、「合わない」の間違いと思われます。「これを、不快そうに「早くやめなさい」と制したのは、町村派最高顧問の森元首相だった。それでも中川氏は、「小池百合子さんが捨て身で決意した。同志として応援しよういう人がいても理解する。終われば、森さんの言うノーサード(試合が終われば敵味方なし)ということだ」と続けた。これに対し、森氏は約40分間の独演で応じた。「私は麻生太郎君を支持する。彼は幹事長として安倍、福田内閣を支えてくれた。その恩義を返さないといけない。古い自民党の政治家といわれてもいい。人としての恩義を忘れてはいけない」。町村派のベテラン議員は、「森さんの演説で麻生支持の流れが出来るだろう」と語った。派内では安倍首相も麻生支持で動いており、小池氏を担ぐ中川氏は孤立しつつある。
町村派の総会の翌日の9日、小池元防衛相支持グループが都内のホテルの一室に集まった。その席で、中川氏がぼそりとつぶやいた。「冷や飯もくえないかもしれないな」。しかし、中川氏はその夜のパーティで、自らを奮い立たせるように強調した。「干されるのが嫌なら政治家になるな。こんどの総裁選も、派閥の締め付けなんてやったらおしまいだ」。
森元首相は内閣が発足して一定の期間が経ちますと、「内閣改造をやるのが望ましい」と必ず言い出す人物です。いわゆる大臣病患者の意見を代弁しているのです。森元首相は、しょっちゅうテレビに出演します。しかし、政策の話は見出しの部分を語るだけです。中身のことはほとんど語りません。おそらく語ることができないのです。田舎政治に没頭しているからです。
自民党総裁選の実際の構図はこうです。「上げ潮派」vs「財務省を中心とする霞が関」です。上げ潮派は公務員制度の大改革・大幅な地方分権化の推進・巨額な霞が関埋蔵金の有効活用・政府資産の大量売却・金融緩和を通じて、景気の回復と財政再建の両立、小さな政府の実現を図りたいとしています。そうすれば、年金・医療・介護の改革も貧困対策、格差是正対策も、推進可能になると主張しています。一方、霞が関は、上げ潮派の主張にことごとく反対しています。特に、公務員制度の大改革については、OBも動員して反対を続けています。天下りが徐々に出来なくなってしまうからです。霞が関は麻生氏にも、与謝野馨氏に肩入れしています。何としても上げ潮派を潰したいからです。
麻生氏の政策ブレーンは、リチャード・クー氏です。財政出動派のエコノミストです。不況の現在、思い切った財政出動をしなければダメだと言っている人物です。財政出動というのは、赤字国債を発行して公共事業をなどを増やそうというのです。但し、麻生氏は赤字国債の発行について、名言を避けるようになっています。先進国で赤字国債による財政出動しても、極めて一時的な効果しかありません。財政赤字が増えるだけです。先進国の場合、社会資本が一応整っているだけに、経済手的波及効果が少ないからです。もしも、新たな財政出動をせずに景気を回復させるとなりますと、上げ潮派が指摘している霞が関埋蔵金を使うしかありません。
日本がおかれている経済的状況は未曾有の危機です。再三申しているように、世界規模の異常な資源・穀物高、米国発の金融市場の大混乱と世界同時不況の荒波に見舞われているからです。そうした中で、ひたすら田舎政治に没頭している人物が、永田町の主導権を握ろうとしているのを、世界は見逃すはずがありません。危機に臨んでも「政策よりも義理と人情を重視」、こんな馬鹿げたことがまかり通っているのです。日本の中央政治は、劣化というよりもクレイジーです。###
